カウンセリング広報だより
第6回 失った命を「悲しむ」(2006.8.8)
心理カウンセラー 中島美佐子
不妊で悩む人たちの心理を理解するのに、「喪失」ということばは欠かせないものです。不妊治療では、ちょっとした「喪失」がところどころでやってきます。
たとえば、妊娠できなかったという体験は、心理学的にいうと「喪失体験」のひとつといえます。「喪失」は物理的に何かをなくすだけでなく、何かを失ってしまったように感じる体験すべてのことを指します。
精神分析学者のフロイトは、実父の死によって、喪失体験では失ったものに対するさまざまな感情、たとえば、悲しみ、寂しさ、不安、憎しみ、恨み、罪悪感などが沸き起こることに気づきました。
人は喪失を体験すると、それに伴う多くの感情の入り混じった「悲嘆」という反応をするのです。悲嘆から立ち直るためには、フロイトが「悲哀の仕事」と呼んだ作業が必要です。そのことによって、精神的な回復に向かうとされています。
本来、喪失を嘆き悲しむことは自然で必要なことです。でも、その喪失が複雑だったり悲しめない要因があると、悲哀の仕事はうまくいかなくなり、心の回復が遅れたりします。
生理が来てしまった、体外受精・顕微授精で治療が成功しなかった。こういった度重なる経験も「喪失体験」となります。それは、その治療にかけた分の時間、費用を失っているだけでなく、「授かるはずだった赤ちゃん」を亡くした、ということも意味します。
このとき、「喪失を十分に悲しむこと」が悲哀の仕事となります。悲しい出来事ですから、悲しんでもよいのです。悲哀の仕事は、失ったものを忘れてしまうためのものではありません。苦痛を伴わなくても、喪失の経験を自由に思い出せるようにするために必要なものです。
「悲哀の仕事」によってきちんと「喪失」が悲しまれたら、不合理な苦しみは姿を消します。
2,3日でかまいません。立ち止まって、少しの間でも心の中にいてくれた赤ちゃんに、ゆっくりさよならを言ってください。